保育の原点とは何でしょうか。それは、「手厚い人の関わり」という、時代を超えた温かな真実です。どれだけ時代が進んでも、この本質は変わりません。
本稿では、この理念を体現する3つのユニークな保育方法に光を当てます。一つは、日本で生まれた「囲み保育」。二つ目は、イタリアの「レッジョ・エミリア・アプローチ」。そして三つ目が、ハンガリーの「ピクラーアプローチ」です。
これらのアプローチは、国や文化は違えど、「子ども一人ひとりを多くの大人が手厚く見守る」という共通の哲学を持っています。
1. 「囲み保育」とは? — 日本で生まれた手厚いケアのかたち
囲み保育とは、「一人の子どもに対して複数の大人が取り囲むように関わり、手厚くケアする保育形態」です。これは、法定の保育士配置基準を上回る人員を配置し、子ども一人ひとりに十分な目と手が行き届く環境を目指すものです。
この実践は、札幌市の一般社団法人アイエムアイ創業者である北川仁美氏の「保育士が安心して幸せに働ける場所をつくる」という強い信念から始まりました。
子どもへのメリット
大人の手厚い関わりが絶対的な「安心感」をもたらし、情緒の安定を促し、健やかな心身の発達の土台となります。
保育士へのメリット
一人当たりの業務負担が軽減され「心身の余裕」が生まれ、保育士の燃え尽きを防ぎ、離職率の低下に貢献します。
米国国立児童健康・発達研究所(NICHD)の調査によれば、保育者と子どもの比率が1対1に近づくほど、保育者が「敏感で前向きな関わり」を持てる可能性が高まることが示されました。手厚い人員配置が質の高いケアに直結することがわかります。
2. 世界に響きあう思想:子どもを見守るグローバルな視点
2.1. レッジョ・エミリア・アプローチ(イタリア)
レッジョ・エミリア・アプローチの中心にあるのは、「教育は子ども・教師・親・地域社会の協働によって成り立つ」という理念です。アトリエスタ(創造活動専門の教師)やペタゴジスタ(教育コーディネーター)といった専門家がチームに加わります。
このアプローチの卒園児を追跡した研究では、社会性や問題解決能力の高さ、さらには高等教育への進学率の向上といった、長期的な好影響が報告されています。
2.2. ピクラーアプローチ(ハンガリー)
小児科医のエミー・ピクラー博士が、自身が創設した乳児院で実践したことから始まりました。その核となるのが「プライマリーケアギバー制度」です。少人数の子どもに対し、特定の保育士が決まって丁寧に関わる「担当制」を導入し、子どもが特定の大人との間に安定した愛着関係を形成できるよう促しました。
重要なのは、担当者一人に任せきりにするのではなく、スタッフ全体がチームとして子どもたちを温かく見守った点です。
3. 比較してわかる、「子どもが中心」の保育のかたち
| アプローチ名 | 主な特徴 | 「手厚く見守る」ための仕組み | 目指す子どもの姿 |
|---|---|---|---|
| 囲み保育 | 法定基準を上回る手厚い人員配置。複数の保育者が一人の子に関わる。 | チームでの役割分担と協力体制。 | 安心できる環境で情緒が安定し、自己肯定感が高まる。 |
| レッジョ・エミリア | 子ども、教師、親、地域社会の協働。 | 複数の教師による共同担任制と専門家の配置、親の積極的な参加。 | 自己表現力や主体性、問題解決能力が伸びる。 |
| ピクラーアプローチ | 担当制とチームケアの融合。 | プライマリーケアギバーが中心となりつつ、スタッフ全体で見守る。 | 安定した愛着関係を形成し、情緒的に安定して健全に発達する。 |
「子どもの最善の利益のためには、多くの大人が温かく、継続的に関わる『人的環境』こそが最も重要である」
— It takes a village to raise a child(子育てには村の力が必要)
4. 理想を追い続ける力:囲み保育の誕生秘話
北川仁美氏の物語
2013年、当時24歳だった創業者・北川仁美氏が抱いていたのは、「保育士が安心して幸せに働ける場所をつくる」という、シンプルかつ力強い信念でした。
創業当初、彼女の理想は周囲から理解されませんでした。「子どもよりも保育士が多い?そんなの上手くいくはずないよ。会社潰れる」といった否定的な声に直面します。それでも彼女は理想を追求し続けました。
「理想を追求していく過程でいろいろなアイデアが不思議なくらい生まれてくるし、どこから来るんだというようなパワーが出てくるのです」と彼女は語ります。
「やりたいことをやれ。理想を追え。それが成功のコツだ」
この揺るぎない信念こそが、常識を覆す革新的な保育を支える原動力となったのです。
5. まとめ:未来の保育へのヒント
本稿で紹介した3つのアプローチは、コストや効率化が優先されがちな現代において、「子どもの最善の利益」とは何かを私たちに問い直します。
「手厚い人的関わり」は、単なるコストではありません。それは、子どもの健やかな発達と、保育士のやりがいや定着という、計り知れない長期的メリットをもたらす未来への投資です。
子どもにとって
自己肯定感と社会性の土台を築くための「安心の基地」となります。
保育士にとって
専門性を発揮し、心身ともに健康に働き続けるための「支え合いの場」となります。
これらの実践は、私たちが未来の保育の可能性を考える上で、発見に満ちたヒントを与えてくれます。子育てに関わる「村」の一員として、私たち大人が手を取り合い、未来を担う子どもたちに最善の環境を提供していくことこそが、求められているのではないでしょうか。