「どう死にたいか」から始める、生き方のデザイン

 

「いかに生きるか」「何のために生きるのか」。真面目に考えるほど、選択肢が無限に広がって身動きが取れなくなる——そんな“生の迷路”を私は十代のころ味わいました。そこで問いを180度反転させました。「どう生きたいか」ではなく、「どう死にたいか」。この小さな転換が、迷いを大きく減らしてくれたのです。

1. 生の迷路にいた頃

十代の私は「どの道が正しいのか」を探し続け、正しさを求めるほど苦しくなりました。振り返ると、生真面目さと未熟さが空回りしていたのだと思います。迷いが心を覆い、毎日が重たかった。いま思えば、あの頃の私は“問いの立て方”でつまずいていたのです。

2. 問いを反転させる——「どう死にたいか」

転機は、問いの向きを変えたことでした。「どう死にたいか」。誰かに教わったわけではなく、自然にその言葉が浮かびました。古典に勇気づけられた面もありますが、決定的だったのはこの視点の反転でした。

メモ:ここで言う「どう死にたいか」は“死因”ではなく“心の状態”の話。たとえば、感謝を口にできる、関係の温度が保たれている、やり切った静けさがある——そんな最期を思い描くことです。

3. 正しさより、調和へ

大切な人が増えるほど、私は正しさの追求より調和を選ぶことを学びました。勝ち負けではなく、響き合わせる。生きるための人脈と、死んでも悔いない人脈は、必ずしも同じではありません。最期の自分が大切にしている関係を思い浮かべると、今日の優先順位が静かに入れ替わります。

4. 迷いは「100分の1」に

視点を変えてから、迷いは体感で100分の1になりました。あの頃の私は、もしかすると「悩む自分」をどこかで好んでいたのかもしれません。いまは、悩みの濃度が薄まり、選択が軽やかになりました。

5. 「最期」から逆算する日々の習慣(実践編)

  1. 30秒のリセット:「今日が最後なら」 — 就寝前に30秒。「今日が最後なら、誰に何を伝えたい?」を3つ書き留め、翌朝はその3つがよりよくなる行動をひとつだけ実行する。
  2. “手放す一行” — 最期の自分が気にしない見栄や予定を、毎日一つ手放す。空いた時間を「会いたい人」「確かめたい約束」に振り向ける。
  3. “調和の一言”を先に置く — 議論や連絡の前に、相手の良さを一文で言語化してから本題へ。正しさの前に、関係の温度を上げる。
  4. “感謝の備忘録” — その日、心が温かくなった瞬間をひと言でメモ。週末に読み返して「最期に携える言葉」を磨く。
  5. “タスクリストの反転” — ToDoの先頭に「いま電話すべき人」を置く。伝える・謝る・感謝するは先送りしない。

6. 価値観のスイッチを持ち歩く

「どう生きたいか」は広大で、答えも無数です。けれど「どう死にたいか」は、たいてい言葉で言い表せる

  • 「ありがとう」と言える
  • 顔が自然に浮かぶ人がいる
  • 小さくても役立てた実感がある

この短い言葉の束が、迷ったときの“方位磁針”になります。

7. 仕事の現場から見えること

面会交流の支援や、保育・家族支援の現場では、関係の結び直しが起きる瞬間に立ち会います。最期の不安が軽くなる人ほど、日常で「ありがとう」と「ごめんね」を届かせる練習をしています。最期の質は、特別な一日ではなく、ごく普通の一日の積み重ねで形づくられる。だからこそ、私自身も毎日の「小さな一手」にこだわりたいのです。

8. 迷ったら、この言葉を

人生で迷ったとき、苦しいとき。私はこの言葉を思い出します。
「どう死にたいか」
もし同じ問いがあなたの心にもすっと入って、ほんの少しでも軽くなるなら、それが何より嬉しい。

出典:本稿は『なるなる面会通信』9月号寄稿文を加筆・再構成したものです。

付録:印刷して使える“今日の3つの問い”