北川仁美のミッションドリブン経営

理念を事業に変える5つの原則

序文:はじめに

ミッションドリブン経営とは、「何のために働き、何を大切にするか」を問い、その答えを行動で示す経営のこと。時には失敗があっても、何度でもやり直す強い気持ちで前進することを重視する。

一般社団法人アイエムアイを率いる起業家、北川仁美。彼女は札幌市を拠点に、保育の質の向上と保育士の労働環境改善という、業界が長年抱える課題に真正面から取り組んできた。しかし、本稿は単なる事業紹介ではない。彼女の経営の核心にあるのは、単なるビジネスモデルではなく、強固な「ミッション(使命)」をいかにして持続可能な事業へと転換してきたかという経営哲学そのものである。

本稿では、北川のミッションドリブン経営を支える5つの基本原則を解き明かす。それは「保育士を守る」という熱い原点から始まり、独自の理念を掲げ、革新的な実践モデルへと落とし込み、それを支えるユニークな経営構造を構築し、そして全てを貫く深い哲学的基盤に至る。この5つの原則をたどることで、理想を現実に変える経営の本質に迫りたい。

1. 原点:すべては「保育士を守る」という使命から

北川仁美の経営の原点は、極めてシンプルかつ力強い。「保育士を守りたい」という使命感である。彼女は、保育士として現場に立つ中で、組織のルールや人間関係に疲弊していく同僚たちの姿を目の当たりにしてきた。彼女の課題意識は明確だった。「保育士が疲れ切っていたら、子どもに優しくすることはできません。保育士が安心して働ける場所でなければ、本当に子どもに寄り添う保育なんてできるはずがない」。この現場感覚こそが、全ての事業の出発点となっている。

この課題意識は、アイエムアイの第一の経営理念である「働きやすい明るい職場」の実現へと直結する。これは、感情論ではなく極めて戦略的な一手だ。保育や介護といった対人支援サービスを提供する組織が直面する最も深刻な課題の一つは、職員のバーンアウト(燃え尽き症候群)である。北川は、まず働く保育士の心身の健康と専門性を守る環境を構築することこそが、顧客、すなわち子どもたちへの「よりよいサービス」の提供に不可欠であると喝破した。

つまり、北川のミッションドリブン経営は、「保育士を守る」という内向きの使命が、結果として「質の高い保育」という外向きの価値を創出する、という好循環を意図的に設計している点に特徴がある。この原点が、彼女の揺るぎない事業基盤であり、次に述べる独自の保育理念を育む土壌となっているのだ。

2. 理念:「父性愛」と「母性愛」のハイブリッド保育

北川の経営の原点が「保育士を守る」ことであるならば、その理念の中核をなすのが「父性・母性調和型保育」である。彼女は、一般的に「愛」として想起される母性的な愛だけに偏ることに警鐘を鳴らす。過剰な母性愛は、時に子どもの自立を妨げる「善意の暴力」になりかねない。そこで彼女は、これを補完する「父性愛」の重要性を説く。

この「父性愛」は性別に依存するものではなく、子どもの自立を促すための「愛のスタイル」として定義される。その本質は、ソースが示すシンプルな対比に集約される。

愛のスタイル 特徴
母性愛 抱きしめる・守る
父性愛 手放す・信じる

なぜ、不確実な現代において「父性愛」が重要なのか。北川は、変化が激しく正解が見えない時代を生き抜くためには、従順さではなく「自立する力」が不可欠だと主張する。父性愛に基づいた関わりは、子どもが自ら考え、挑戦し、失敗から学ぶことを促す。これは、子どもたちが未来を生き抜くための「心理的な道具箱」を育てることに他ならない。それは単なる保育手法ではなく、未来の市民を育てるための長期的な投資なのである。

この「ハイブリッド保育」は、具体的な3つのステップで実践される。

1 示す:明確なルールや社会の期待を伝える。
2 見守る:一歩引いて、子どもが自ら挑戦・失敗するのを待つ。
3 支える:失敗した時、すぐに助けるのではなく、自力で立ち直る力を信じ、支える。

この理念は、次のセクションで解説する革新的な事業モデル「囲み保育」において、その真価を最大限に発揮することになる。

3. 実践モデル:「囲み保育」という品質への投資

理念を事業として具現化するのが、北川の独創的な実践モデル「囲み保育」である。これは「法定基準を意図的に上回る手厚い人員配置」によって、一人の子どもを複数の大人が見守る保育形態を指す。

通常の保育モデル

保育士 1人 → 複数の子ども

囲み保育モデル

複数の大人 → 子ども 1人

この人員配置は、単に手厚いだけでなく、保育の質を根本から変革する力を持つ。注意が分散しがちな従来のモデルとは異なり、「囲み保育」は多角的な視点から子ども一人ひとりのニーズに即応することを可能にする。北川はこのモデルがもたらす便益を、子ども・保育士・社会の三者にとっての「未来への戦略的投資」と位置づけている。

子どもへの便益

情緒的な安定が確保され、認知・言語能力の向上が促進される。多角的な見守りによる安全確保は、健やかな成長の土台となる。

保育士への便益

一人当たりの業務負担が軽減され、専門性の向上に集中できる。結果として燃え尽きを防ぎ、定着率が向上し、持続可能で質の高い保育が実現する。

社会への便益

次世代を担う市民の健全な育成に貢献する。同時に、保育専門職が働き続けられる環境を維持することで、社会全体の長期的な価値を創出する。

このアプローチは単なる理想論ではない。米国国立児童健康・発達研究所(NICHD)の大規模調査によれば、理想的な保育者対子ども比率は1:1であり、1:4の比率では高度に敏感な応答ができる保育者はわずか8%に留まるという。また、0〜2歳児には保育者1人あたり子ども3人以下が推奨されている。この科学的根拠が、「囲み保育」の戦略的正当性を裏付けているのだ。

さらにこのアプローチは、イタリアのレッジョ・エミリア・アプローチが採用する「共同担任制」や、ハンガリーのピクラーアプローチが基盤とする「プライマリーケアギバー制度」といった国際的な先進事例とも理念を共有しており、その普遍的な価値を示唆している。

しかし、このような理想主義的なモデルを、いかにして持続可能な事業として成立させているのだろうか。その答えは、彼女独自の経営構造にある。

4. 経営構造:ミッションを支えるハイブリッド収益モデル

理想の追求と事業継続の両立は、多くのミッションドリブン組織が直面する最大の壁である。北川は「囲み保育」を持続可能にするため、「ミッションドリブン・ハイブリッドモデル」という独自の経営構造を構築した。これは、保育事業の質を最優先事項としながらも、グループの他事業(警備、不動産など)で得た収益を補填し、全体の経営を安定させる戦略的な仕組みであり、品質第一のミッションが陥りがちな財政的脆弱性への鮮やかな解決策と言える。

創業当初、周囲からは懐疑的な声が上がった。

「子どもよりも保育士が多い?そんなの上手くいくはずないよ。会社が潰れる」

しかし、彼女は10年以上にわたる継続的な実践を通じて、このモデルの価値と持続可能性を見事に実証してきた。理想と現実を両立させるこの経営手腕こそ、彼女の真骨頂である。

事業の多角化は、単なる収益確保にとどまらない。宅地建物取引士の資格を取得し不動産事業に関わることも、警備業務を担うことも、すべては「人のため」という大きなミッションに収斂されている。このミッションは抽象的なスローガンではない。例えば、彼女が警備業務に携わる動機の一つは「妹の働きすぎを少しでもサポートしたい」という極めて個人的で、家族を守るという具体的な行動に根差している。人を守るという保育の本質が、事業ポートフォリオ全体を有機的に結びつけているのだ。

このような独自の経営構造を支えているのは、彼女自身の深い人生哲学である。

5. 哲学的基盤:「どう死にたいか」から生き方をデザインする

北川の経営判断と人生観の根底には、極めてユニークな哲学的基盤が存在する。それは「いかに生きるか」という問いを180度反転させ、「どう死にたいか」から生き方をデザインするという思考法である。十代の頃、無限の選択肢の中で「どの道が正しいのか」と悩み続けた彼女は、この視点の転換によって人生の迷いが「体感で100分の1になった」と語る。

この哲学は、単なる死生観ではない。日々の具体的な行動指針そのものである。彼女は「最期の自分が大切にしている関係」を想像することで、今日の優先順位を静かに入れ替える。その結果、勝ち負けにこだわる「正しさの追求」よりも、関係性の温度を保つ「調和を選ぶ」という行動が自然と導き出される。

この思考は、日常的な実践にまで落とし込まれている。面会交流の支援や保育の現場で、最期の不安が軽くなる人ほど、日常で「ありがとう」と「ごめんね」を届ける練習をしている、と彼女は観察する。最期の質は特別な一日ではなく、ごく普通の一日の積み重ねで形づくられる。だからこそ、彼女自身も毎日の「小さな一手」にこだわるのだ。

この「最期から逆算する」という思考法は、人間関係の築き方から事業の優先順位付け、そして経営における重要な意思決定に至るまで、彼女の行動全般に一貫した軸を与えている。これこそが、彼女のミッションドリブン経営を支える究極的な拠り所なのである。

結論: 「ソラ」を見上げ、大地を踏みしめる経営

北川仁美のミッションドリブン経営は、一本の強い線で結ばれている。それは「保育士を守る」という原点から始まり、「父性愛」という独自の理念を掲げ、それを「囲み保育」というモデルで実践し、「ハイブリッド収益モデル」という構造で経営を支え、そして「どう死にたいか」という哲学によって全ての行動が導かれている。

その原点であり、若き日の理想を象徴するのが、20歳の時に北川が作った楽曲『ソラ』である。

「ソラになりたい 大きなソラ みんなを包み 悲しみも全部 包み込んで」

この歌詞は、子ども、保護者、そして保育士という関わるすべての人々を、ただ静かに見守り、包み込みたいという純粋な願いの現れであった。この想いが、彼女を「よりよい保育」の実現、そして経営者への道へと突き動かした原動力であることは間違いない。

しかし、彼女の歩みは、ただ空に憧れるだけでは終わらなかった。15年以上の歳月をかけ、保育の現場で子どもたちと向き合い、多様な事業を通じて社会と関わる中で、その理想はより力強く、地に足のついた実践へと昇華されていく。

その現在の境地を映し出しているのが、36歳の時に作った曲『新しいわたし』だ。

「優しい大地が私を待っていてくれた」

「さあ 踏みしめていく 揺らぐことのない気持ち」

「空を見上げて 新しい人生を進む私に ありがとうを言うよ」

かつて「誰もいない空」で静かに過ごすことを願った彼女は今、他者との出会いによって「運命の歯車」が回り出す奇跡を知り、自らの足で立つ「大地」を見出した。『ソラ』が経営の出発点であったとするならば、『新しいわたし』は、具体的な事業を通して理想を現実のものとする、現在の彼女の覚悟そのものである。

空のような大きな理想を忘れることなく、それを見上げながら、一歩一歩、力強く大地を踏みしめていく。理想と現実を統合し、過去も未来も受け入れながら、「新しいわたし」として進み続ける彼女の挑戦はつづく。

 

 

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