Essay

アートとプロパガンダ

自由を授ける力、操る力
北川 仁美

「詩・小説・歌・絵画…世の中には『アート』と呼ばれるものがあります」。これは芸術全般に対する素朴な問いかけですが、アートとは何か、そしてプロパガンダと何が違うのかを考えることは現代社会で非常に重要です。一般に、アート(芸術)とは鑑賞者の自由な発想や想像力を刺激し、自由な解釈を促す表現だと考えられます。一方でプロパガンダ(宣伝)とは、鑑賞者や受け手に特定の価値観や行動を植え付けることを目的とした表現です。この違いは目的と手法に端的に表れます。

プロパガンダは多くの場合、国家や政府、宗教団体など特定の組織が「特定のメッセージ・信念を広める」ために作り出すもので、内容は偏ったものになりがちです。プロパガンダは人々の感情に訴えかけてアジェンダ(議題)を推進しようとし、受け手をある方向へ“誘導”することを目的としています。そのためプロパガンダという言葉にはしばしばネガティブな響きがあり、「人々が誰かの都合のいいように洗脳されてしまうのでは」という不安を伴うこともあります。実際、プロパガンダは恐怖心や偏見、愛国心など強い感情を煽ることで冷静な思考を妨げ、受け手を意図された結論へ誘導しようとします。アメリカの芸術家ウェンディ・クーパーは「プロパガンダとは歪曲であり、聴衆をあらかじめ決められた結論に追い込もうとするものだ」と述べています。

これに対してアートは、たとえ制作者が作品にメッセージやテーマを込めていたとしても、その「落としどころ」(結論)が一義的に定まっていないものだと言えます。アート作品は往々にして個人の内面的な感情や思想の表現であり、その狙いは観る人を自分の思い通りに動かすことではなく、あるテーマについて考えたり感じたりすることを促す点にあります。言い換えれば、アートは受け手に考えるきっかけや経験を提供し、自由に解釈させることを目的としているのです。アート作品は鑑賞者ごとに異なる意味や価値を持ちうる主観的な体験であり、それゆえ「正解」が一つではありません。

例えばアメリカの画家・ブロガーのグエン・シームルは「アートは鑑賞者に考えることを促すことで変化を起こすが、広告(プロパガンダ)の狙いは巧みに鑑賞者の思考を避けさせることにある」と指摘しています。この言葉が示すように、アートは人々の思考や想像力を解き放ち、プロパガンダは人々の思考を特定の方向に縛ろうとする点で対照的なのです。

世界に見る「アート対プロパガンダ」の議論

アートとプロパガンダの違いや関係については、世界中の多くの思想家や芸術家、研究者が議論してきました。イギリスの作家ジョージ・オーウェルは「すべての芸術作品には何らかのメッセージが含まれている」と述べつつ、「しかしすべてのプロパガンダが芸術なわけではない」とも述べています。オーウェル自身、政治的メッセージを小説やエッセイに込めた作家でしたが、その発言は、芸術には多かれ少なかれ作者の主張や世界観が反映される一方で、プロパガンダはしばしば芸術性を欠き一方通行の押し付けになりがちだという意味に解釈できます。

Propaganda Art Example 1
Propaganda Art Example 2

第一次世界大戦期にアメリカで作られた「I WANT YOU(君に来てほしい)」のアンクル・サム募集ポスターや、第二次大戦期の有名な「We Can Do It!(私たちならできる!)」ポスターは、ともに国家が自国民の愛国心・協力を鼓舞するために制作した代表的なプロパガンダ・アートです。これらのポスターは鮮烈なイメージとスローガンで人々の感情に訴えかけ、若者を軍隊へ募集したり女性の労働力動員を促進したりする明確な目的を持っていました。

一見すると印象的で創造的なビジュアル表現ですが、その本質は鑑賞者に自由な解釈を委ねるものではなく、見る者を一定の行動に導く宣伝だったのです。現代ではこのイメージが女性の社会進出の象徴(ポジティブなメッセージ)として語られますが、当時の文脈では純粋な芸術作品ではなく戦争協力のためのプロパガンダだったわけです。

歴史を振り返れば、アートとプロパガンダの境界はしばしば議論の的になってきました。たとえば第二次世界大戦後、連合国軍は日本各地から集めた戦争画(戦時中に日本の画家たちが描いた戦意高揚のための絵画)を前に、「それらの絵画は芸術作品なのか軍事的プロパガンダなのか」と頭を悩ませたといいます。この逸話は、同じ作品が状況によっては芸術ともプロパガンダとも見なされうること、そしてその判断が社会的・政治的に重要な意味を持ちうることを物語っています。

一方、芸術の側からプロパガンダへの警戒や批判を表明した思想家として、ドイツの哲学者テオドール・アドルノが挙げられます。アドルノは20世紀中葉において、大衆に消費されるマスメディア文化(娯楽映画、雑誌など)を分析し、それを「文化産業」と呼んで痛烈に批判しました。アドルノによれば、資本主義社会における大衆文化は、本来人々に自由な思考や美的体験をもたらすはずの芸術を商品化・工業化し、人々を画一的な価値観に絡め取ってしまうものだというのです。

また、アメリカの第35代大統領ジョン・F・ケネディは、芸術の役割について次のような有名な言葉を残しています。「我々は決して忘れてはならない――芸術はプロパガンダの一形態などではなく、真実の一形態なのだ」。冷戦下のアメリカで、ケネディは自由社会における芸術の価値をこう称賛しました。

プロパガンダを見抜くための教育と文化の役割

現代社会では、プロパガンダは必ずしも「政府が作るポスター」や「露骨な政治宣伝」に限りません。広告や広報、ニュース、エンターテインメントの中にも巧妙に仕込まれたプロパガンダ的メッセージが存在しうると言われます。一見すると単なる娯楽作品や商業アートのようでも、実は視聴者に特定の商品を買わせようとしたり、あるイデオロギーに誘導したりする意図が隠されているケースもあります。

このようにアートとプロパガンダの境界が曖昧になりがちな時代だからこそ、それらを見抜くリテラシー(識別力)を育む教育が重要です。特に幼いころから、メディアや作品に接したとき「これは何を意図して作られたものなのだろう?」と批判的に読み解く姿勢を養うことが大切だと言えるでしょう。プロパガンダを見抜く目それに惑わされない心を育てることは、情報過多の現代においては一種の市民的素養となってきているのです。

日本に目を転じても、この問題意識は共有されています。例えば2019年の「あいちトリエンナーレ」では、展示作品を巡って大きな論争に発展しました。美術評論家の南條史生氏は「この問題に多くの人が感じた居心地の悪さの根底には、プロパガンダに使われた物(少女像)を美術作品として展示することへの違和感があったのではないか」と分析しています。プロパガンダ性の強い作品を芸術の文脈に載せることは極めて慎重な配慮を要し、また受け手側にも批判的思考が求められることを、この出来事は示したと言えるでしょう。

自由社会におけるアートの価値

以上見てきたように、アートとプロパガンダは表現の自由度と受け手への影響のあり方という点で明確に異なりますアートは人々に自由な解釈と精神的豊かさを与え、創造性や多様な視点を育みます。プロパガンダは人々の心をある方向へ動かす力を持ちますが、その過程でしばしば多様な解釈の余地や批判的思考を奪います

自由と民主主義を大切にする社会では、アートこそが自由の息吹を保つ重要な役割を果たします。芸術文化が豊かで、様々な価値観や感性の表現が許容される社会は、言論や思想の自由も健全に機能する傾向があります。ケネディが述べたように、芸術は社会に真実を映し出す鏡であり、権力や流行に左右されない普遍的な人間性を問いかけるものです。したがって、私たちの社会が自由を守り発展させていくためには、プロパガンダと純粋な芸術表現の違いをしっかりとわきまえ、真に創造的なアートを育てていく風土を醸成することが欠かせません

「アートとプロパガンダの違いを小さいころから見抜く目を養うことが人間教育では大切」と以前述べたように(北川仁美談)、次世代に向けてこのテーマを伝えていくことは非常に意義深いでしょう。世界的に見ても、この課題に取り組む動きは活発です。

最後に改めて強調したいのは、私たち一人ひとりがアートを愛し、享受する自由です。自由な社会では、人々は好きな音楽を聴き、好きな絵画や映画に心を動かされ、自分なりの物語や詩を書くことができます。世界の思想家や芸術家たちが示してくれたように、アートは人間に考える翼を与え、プロパガンダは時にその翼を縛ろうとします。真に自由な心を育むために、そして健全な社会を維持するために、私たちはアートを尊重しつつプロパガンダを見極める目を養い、豊かな創造の風土を次世代へと繋いでいきたいものです。


参考文献・情報源:

  • Wendy Cooper, "Art and Propaganda," Art Vancouver (Apr. 17, 2023)
  • Gwenn Seemel, "The Difference between Propaganda and Art" (July 7, 2008)
  • Simon Gilbert, "How to tell the difference between real art and propaganda," Opportunity Now (Feb. 20, 2021)
  • Owen Hulatt, "Against popular culture – Adorno on the crimes of pop culture," Aeon Essays (2019)
  • 南條史生「アートの価値、表現の自由」『三田評論ONLINE』(2020年3月16日)
  • 朝日新聞GLOBE「戦争画は芸術かプロパガンダか」(2022年8月8日)
  • UNESCO Media and Information Literacy – Global MIL Week