[北川総研 健康コラム]

「SNS映えしない」生き方のすすめ。

――AIと"引き算"の時代を生きる。
北川仁美

気づけば私たちは、一日中どこかで画面を見ている。
仕事、連絡、ニュース、SNS、動画。
便利になったはずなのに、なぜか疲れは抜けない。

そこでよく語られるのが「デジタルデトックス」だ。
スマートフォンを断つ、SNSをやめる、ネットから距離を置く。
けれど私は、どこかでこう感じていた。

「全部やめる」という発想は、もう古いのではないか。


足し算に疲れた時代

これまでのテクノロジーは、基本的に"足し算"だった。

・速く
・多く
・便利に

情報は増え、選択肢は広がり、効率は上がった。
しかし同時に、私たちは「判断する回数」も爆発的に増えた。

どの通知を見るか
どの情報を信じるか
どの意見に乗るか

この判断疲れこそが、現代人の見えない消耗だと思う。


デジタル・インテンショナリティという考え方

最近、海外で注目されている言葉に
Digital Intentionality(デジタル・インテンショナリティ)
がある。

意味はとてもシンプルだ。

デジタルを「無意識に使う」のではなく
意図を持って使う

完全に断つのではない。
流されないことを選ぶ。

これは「我慢」ではなく、
主導権を取り戻すという発想だ。


AIに"引き算"してもらうという選択

ここで、少し逆説的な話をしたい。

デジタル疲れを癒すために、
AIを使うという選択だ。

AIは、情報を増やす存在だと思われがちだが、
本当はこう使える。

・重要でない通知を減らす
・今すぐ対応しなくていい情報を隔離する
・「今日はここまででいい」と区切りをつける

つまり、
AIに"引き算"を任せる。

人間は誘惑に弱い。
疲れているときほど、判断力は落ちる。

だからこそ、
冷静に引き算できる存在を味方につけるのは、
とても合理的で、やさしい選択だと思う。


疲れているときほど、強い刺激を求めてしまう

ここは、ぜひ知っておいてほしい。

人は疲れると、
・短い快楽
・強い刺激
・分かりやすい怒りや興奮
に引き寄せられる。

本当は「休みたい」というサインなのに、
SNSを開き、動画を流し、
さらに自分を消耗させてしまう。

これは意志の弱さではない。
人間の脳の性質だ。

だから必要なのは、根性論ではなく設計だ。


デジタル・サバスという静かな実践

海外では
Digital Sabbath(デジタル・サバス)
という習慣も広がっている。

週に一度、
完璧でなくていいから、
仕事やSNSから距離を置く時間をつくる。

大切なのは、
「やらないこと」より
「代わりに何をするか」。

・家族と食事をする
・散歩をする
・静かに過ごす

ここで面白いのは、
SNS映えしないという点だ。

成果を見せない。
報告しない。
競争にならない。

それは、自分のリズムを取り戻す時間でもある。


テクノロジーと共に、健やかに生きる

AIは、人を追い立てるための存在ではない。
人を管理するためだけの道具でもない。

本来は、
人を休ませ、支える存在になれる。

AIが働き、
人が休む。

人が感じ、
考え、
誰かと向き合う余白を取り戻す。

それが、これからのデジタルとの付き合い方だと思う。


おわりに

「全部やめる」必要はない。
「全部抱える」必要もない。

何を残し、
何を手放すか。

その"引き算"を、
AIと一緒に考える。

それはきっと、
静かで、映えなくて、でも長く効く生き方だ。

今はまだ目立たないかもしれない。
けれど、これからの時代に、
確実に必要とされる感覚だと私は思っている。