[アイエムアイ・リポート]202508
はじめに
近年、世界の保育業界は子どもの健全な成長を支えるために様々な新しい取り組みや手法を取り入れ、大きな変化を遂げつつあります。本レポートでは、北欧およびアメリカに焦点を当て、グローバルな保育の最新トレンドと、その背景にある保育者の働き方改革の動向について概観します。当法人が掲げる「父性・母性調和型保育」の理念とも関連づけながら、各地域でどのような保育手法が重視され、保育者の労働環境改善(働き方改革)が進められているのかをまとめます。
世界の保育手法・トレンドの概観
まず、世界的に見られる保育手法や教育トレンドの共通点を整理します。各国の先進的な事例から浮かび上がるキーワードは、「遊びの重視」「自然との関わり」「包括的な学び」「デジタル技術の活用」「社会情動スキルの育成」などですblog.portobelloinstitute.comblog.portobelloinstitute.com。以下に主なトレンドを箇条書きで示します。
以上のように、世界全体では子どもの主体性と多様な発達ニーズに応える質重視の保育がトレンドとなっていますglobe.asahi.com。同時に、これらを支える保育者の専門性や働きやすい環境づくりも欠かせない要素となっています。
図1: デンマークの「森のようちえん」での一場面。
北欧諸国は「保育先進地域」として世界的にも注目される存在です。フィンランド・スウェーデン・ノルウェー・デンマーク等はいずれも、豊かな社会福祉制度のもと質の高い保育を提供しており、「量より質」を重んじる姿勢が顕著だと報告されていますglobe.asahi.com。例えばデンマークでは自然の中で自由に遊ぶ森のようちえんが広く知られており、保育士は子どもの自主的な遊びを見守ることを重視します。実際にデンマークの森のようちえんを訪れた日本人保育士の報告によれば、子どもたちが自然の中で遊び始めると保育士は近くで焚き火を起こし、園に戻った後はコーヒーを飲みながら談笑していたというエピソードがありますglobe.asahi.com。これは決して子どもを放任しているわけではなく、何かあればすぐ声をかけ抱きしめるなど必要なサポートはしつつも過度に干渉しないスタイルを取っているといいますglobe.asahi.com。このようにリラックスした雰囲気の中で子どもに寄り添う北欧の保育現場は、日本に比べて保育者の余裕が感じられるとの指摘があります。
北欧で特徴的なのは、男女平等や多様性の尊重といった価値観が保育や子育て政策の隅々にまで行き渡っている点です。例えば父親の育児参加は北欧では既に一般的な光景となっており、各国で充実した育児休暇制度が整備されています。実際、北欧諸国では父親が育休を取るのが当たり前の文化が根付きつつありnordics.info、これが子育てにおける父性的な関わりを促進しています。またスウェーデンにはジェンダーフリー保育園(Egaliaなど)も存在し、男女の固定観念にとらわれない保育カリキュラムを展開するといった先進的試みも見られます。そのような園では子ども一人ひとりの個性が尊重され、遊びや活動も性別に関係なく選択肢が提供されており、職員体制も手厚く子ども:職員比が非常に低く抑えられています(例:子ども20人に対し保育教員2名+保育士2名+活動担当1名など)note.com。これらの取り組みは、当法人が掲げる「父性・母性」のバランスを取った保育とも通ずる考え方であり、子どもの多面的な成長を支える基盤となっています。
次に保育者の働き方に目を向けると、北欧では労働環境や待遇の面でも他国に比べて恵まれている傾向があります。北欧全体に共通するのは労働組合の強い存在感で、保育士を含む労働者の待遇改善に協調して取り組む三者協議(労使政府)モデルが社会に定着していることですnordics.info。その結果、例えばスウェーデンの保育士はフルタイムでも週40時間程度の勤務が一般的であり、それより短い週労働時間で人材を募集する園もありますepsu.org。加えて、勤務時間中には子どもの保育以外にあてる時間(いわゆる事務・準備・研修の時間)が確保されており、会議や教材準備などに充てるための時間が労使間でスケジュールに組み込まれていますepsu.org。十分な計画・振り返りの時間を持つことで、現場の保育士はゆとりをもって子どもと向き合える仕組みです。また、北欧の保育士は給与水準も比較的安定しており副業をしなくても生活できると言われepsu.org、年5〜6週間程度の長期休暇取得も法制度として保証されています(有給休暇は最低25日以上)tidsskrift.dk。これらにより、保育者が過度な疲弊に陥らずに長く働き続けられる環境づくりが実現しています。
もっとも北欧においても課題がないわけではありません。例えばスウェーデンでは「すべての子に保育の場を提供する」という政策目標の裏で1グループ当たりの子ども数増加が起き、結果として保育士一人あたりの負担増とストレス上昇が社会問題化していますepsu.org。実際、自治体が3か月以内に保育所の空きを見つける義務を負う制度の下、定員超過に近い受け入れが生じて保育の質や安全面への懸念がメディアでも取り沙汰されていますepsu.orgepsu.org。スウェーデンには法令で全国一律の保育士対子ども比率が定められておらず、各自治体の裁量に委ねられているためにこのようなばらつきが生じていますepsu.org。これに対し、近年ではスタッフ増員や給与引き上げによる人材確保策も検討されており、事実スウェーデン政府は**「教師給与ブースト(Teacher Salary Boost)」と呼ばれる特別予算措置で保育・教育従事者の処遇改善を図った例もありますaustraliainstitute.org.au。こうした政策的支援も相まって、北欧諸国では引き続き保育の質の維持向上と保育者の働きやすさ**の両立に向けた取り組みが進められています。
アメリカにおける保育の潮流と働き方改革
図2: 乳幼児と関わるアメリカの保育者たち。
アメリカ合衆国の保育業界は、その広大な国土ゆえ地域差は大きいものの、全体としていくつか顕著なトレンドが見られます。一つは、近年幼児教育(Early Childhood Education)の重要性が社会的に再認識され、各州や自治体で幼児教育プログラムの拡充が進んでいることです。例えば、ユニバーサル・プリスクール(就学前教育の無償化)を掲げる州や、市区町村レベルでの公的助成によるプリスクール枠拡大の動きが広がっています。また、教育内容の面では上記で述べた遊び中心の学びやSELの導入、多様性教育といった世界的潮流が米国のカリキュラムにも反映されつつあります。特に、多文化社会である米国では、幼児期から異文化理解や人種・民族の多様性への開かれた態度を育むプログラムが積極的に取り入れられています。
一方で、アメリカの保育業界が直面する最大の課題の一つは保育サービスのコストと人材確保です。民間事業者による運営が多い米国では、良質な保育を受けさせるための費用が家計に重い負担となりがちで、しばしば**「チャイルドケア危機」**とも称される状況が報じられています。2024年の調査によれば、米国は有給の育児休暇が法的に保障されていないことや保育費用の高さなどが影響し、ワークライフバランス支援の国際ランキングで主要先進国中最下位となったといいますbenefitscanada.com。多くの家庭にとって両親共働きを続ける上で保育費用は深刻な悩みとなっており、低所得家庭ほど十分な保育サービスを利用しづらい現状があります。
このような背景もあり、保育者(保育士・幼児教育者)の労働環境も厳しいものとなっています。米国の保育者は歴史的に賃金が低く抑えられており、その多くが経済的困難や福利厚生の欠如に直面しています。統計によれば、保育従事者の約半数近くが公的扶助を利用する資格があるほど低賃金で、2019年時点で雇用主から医療保険を提供されていた者は全体の23%に過ぎず、一般労働者の62%と比べ大幅に低い水準でしたamericanprogress.org。そのため慢性的な人手不足と高い離職率が問題となっており、ある調査では保育者の約半数が昨年より燃え尽き症候群(バーンアウト)が悪化したと感じ、4人に1人以上が1年以内に仕事を辞めることを検討していると報告されていますamericanprogress.org。主な理由は低賃金に加え、仕事の身体的・精神的負担、そして子どもの発達・行動上の課題に対する十分なリソース不足などが挙げられていますamericanprogress.org。このように**「私たちはこのままではダメだ(We are NOT OK)」**という声が現場から上がるほど、アメリカの保育者は厳しい状況に置かれています。
しかしながら近年、こうした危機感から保育者の待遇改善と働き方改革に向けた様々なイノベーションや政策介入が試みられています。まず賃金面では、連邦政府および州政府レベルで補助金を活用した給与補填や最低賃金の引き上げが議論され、一部地域では保育士への一時金支給や給与上乗せプログラムが実施されましたcscce.berkeley.eduaustraliainstitute.org.au。また、パンデミック時に施行された米国救済計画法(ARPA, 2021)により潤沢な支援金が一時投入され、多くの州がその資金を保育者の待遇改善や離職防止策に充てていますcscce.berkeley.edu。例えば、一時危険手当の支給、保育士の福利厚生(医療保険料補助や有給休暇日数の増加)拡充、奨学金や研修費補助によるキャリアアップ支援などが行われました。ARPA資金は2024年9月までに期限切れとなりましたが、これを契機に「一度上げた待遇を元に戻すべきでない」「恒久的な公的支援が必要だ」という議論が活発化しておりcscce.berkeley.educscce.berkeley.edu、各州政府が独自財源での賃金補助や質改善プログラムを模索しています。
さらに、人材確保策として保育士の養成・参入経路を拡充する試みも重要です。具体的には、見習い制度(アプレンティスシップ)の導入拡大や資格取得支援、高等教育機関と連携した研修プログラムなどが各地で展開されていますamericanprogress.orgamericanprogress.org。例えばアラバマ州では州立大学や短大と提携して有給の保育実習生制度を立ち上げ、働きながらCDA(児童発達アソシエイト資格)や短大・大学の学位を無償で取得できるプログラムを整備しましたamericanprogress.org。こうした育成とキャリアパス構築への投資は、質の高い人材を業界に呼び込み定着させる上で効果が期待されています。また労働環境の工夫として、勤務シフトの柔軟化や短時間正社員制度、メンタルヘルスサポートの充実といった取り組みを導入する保育施設も出てきています。例えば、一部の先進的な保育センターでは週4日勤務制のトライアルや有給のリフレッシュ休暇制度を設け、職員のワークライフバランス向上と離職防止に成果を上げた例も報告されています(※)。加えて、保育者の組合結成(ユニオン化)を支援し労働条件の改善交渉力を高めようという動きも注目されますamericanprogress.org。保育労働は伝統的に女性が多い分野であり歴史的に過小評価されてきた経緯がありますが、近年ようやくその重要性が社会に認知されつつあることから、「待遇の抜本的見直しと保育者へのリスペクト向上が必要だ」という強い主張がなされていますcscce.berkeley.educscce.berkeley.edu。
以上のように、アメリカでは深刻な課題を抱えながらも、各方面からシステム改革への取り組みが進行中です。その方向性は、保育者が安心して働ける環境を整えることで結果的に子どもたちへのケアの質を高めるという点で一致しています。米国の事例は、日本において保育者の働き方改革を考える上でも示唆に富むものであり、「働きやすさ」が「良い保育」につながることを示すものと言えるでしょう。
おわりに
本レポートでは、北欧およびアメリカの最新事情を中心に、世界の保育業界におけるトレンドと保育者の働き方改革の動向を考察しました。グローバルに共通するキーワードは子ども主体の質の高い保育であり、それを下支えする保育者の専門性と良好な労働環境の重要性でした。北欧の事例からは、社会全体で保育と育児を支える仕組み(手厚い福祉制度や男女平等の推進、適正な労働時間と待遇)が子どもの健全な育ちにつながっていることが読み取れます。一方アメリカの事例からは、厳しい現状を打破するために政策イノベーションや現場の努力がなされており、保育者への支援拡充が質改善のカギであることが示唆されました。
当法人が掲げる「父性・母性調和型保育」は、まさにこれら世界の流れとも合致する理念と言えます。父性的な大胆さ・自立心の育成と母性的な優しさ・安心感の提供、その両面を統合した保育を実現するには、保育者自身が心身ともに健やかで、働きがいを持てる職場であることが不可欠です。世界の先進事例から得られる示唆を活かしつつ、私たちも引き続き保育内容の充実と働き方改革の両立に取り組んでまいりたいと思います。
参考文献・出典:
lillio.com
blog.portobelloinstitute.com
globe.asahi.com
globe.asahi.com
epsu.org
epsu.org
australiainstitute.org.au
americanprogress.org
cscce.berkeley.edu
americanprogress.org
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